備忘録

〖備忘録 第103譚〗14年前を振り返って…

 おばんです、シードルです。

 この前の雨により大船渡の山林火災は鎮圧。避難指示もようやく解除となりました。

 全国各地から駆けつけてくださった消防、自衛隊の方々……そして、支援して下さった方々に心より感謝を申し上げます。

 本当にありがとうございました!

 そして、今回の火災で被害に遭われた方々は深い悲しみとこれから先の不安で大変だと思います。

 無理に前を向いて、とは言えませんが少しずつで良いので歩んでください。

 時が解決してくれることもありますから……。

 そんな中、迎えた本日……東日本大震災から14年経ったこの日です。

 あれから14年か……と感じると共に、もう14年か……と思ってしまいます。

 14年前に発生したあの日は雪がちらつき、日も今より暮れるのが早かったような気がします。

 あの頃の私はもうすぐ二十歳になるのに将来のことを決めあぐねて、倉庫の仕分け作業のアルバイトをただやっていた日々を送っていました。

 そんな仕事の最中、倉庫内で被災し……さらには巨大な津波が発生したこと……その津波に会社のトラックが呑まれたことを知り「とんでもないことが起こっている」とようやく実感し始めました。

 急遽、仕事は中止となり辺りが暗くなった中、自宅へ帰る際……灯りが点いていない外灯や真っ暗なコンビニといった今まで生きてきた中で見たこともない光景に遭遇し、世界が終わったんじゃないかと錯覚してしまうほどでした。

 帰宅後は家族と共に布団に身を包み、キャンプ用ランプや懐中電灯が照らす中でラジオを聞いたあの時のことは鮮明に覚えています。

 一晩明けた翌日からは、水も電気もガスも使えず、ガソリンスタンドには長蛇の列が成し……異常ともいえる価格のつり上げを行う店もあり、地獄絵図と化した沿岸地域に対し、内陸は終末期さながらで人の本性が明るみに出ていたといえるでしょう。

 私の仕事の方もできる状態ではなかったので、その間は会社が紹介してくれた岩手産業文化センター『アピオ』で行われていた被災地へ物資を届ける大規模な仕分けボランティアの方へ派遣し、しばらく作業を行っていました。

 色々な地域、業種の方々と夜通し作業して休憩時間は大きな車を持っている人の所で1グループとなって休ませてもらう……そんな中で食事や仮眠の際に色々な人達で出会って色々な話をし、それが現在の福祉職へ行くきっかけにもなりました。

 共通の大事があると人々というのは普段にも増して連携協力するようになるもので……今、私の人生を振り返ってもあれほど良い人達に囲まれた時は無かったですね。

 ボランティアを終えた頃には将来なりたいものが明確に決まり、事情を話して会社を退職……それからは貯めていたお金で専門学校に通い、介護福祉の道へ足を踏み入れて現在へと至るわけですが…東日本大震災は色々な意味で私の人生を大きく変えるきっかけになったといえるでしょう。

 私生活においてもあれ以来、ガソリンは車のメーターが半分以下になったらすぐさま給油するようになりましたし、物も保存の利くものを買い込むようになったり……一番大きな点としては少しの揺れでもすぐに勘づいて、臨戦態勢を取るようになったりと、トラウマとしてもしっかり刻み込まれています。

 今もなお場所や心に深い傷跡を残した震災はこれからも風化していくことはないですが、人々の危機感や感謝の念というのは薄れやすく忘れやすくなっています。

 私自身もたまに不平不満を抱くことはありますが、己の私利私欲に縛られず協力していくことこそが本当の豊かさを得る唯一の方法といえます。

 そのことを振り返って自覚する度に人間とはときどき不自由さや苦痛がないとそういった念を抱けないのだな、と思ってしまいます。

 あの日あの時に祈りを捧げ、犠牲になられた方々の分まで生きていく……その想いを胸に明日からまた生きていきましょう。

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