備忘録

〖備忘録 第94譚〗立ちはだかる壁

 おばんです、シードルです。

 壁…………それは様々な状況で対峙する障壁であり、越えなければならないものです。

「神は越えられない壁は与えない」……なんてたまに聞きますが、与えられる壁よりも立ちはだかる壁のほうが多いこと多いこと。

 その壁とは非情な現実です。

 みんなが皆、壁を越えられるような強い人間ならば『自棄』というものは起きませんし、事件なんかも起こらないわけです。

 年収、人種、身分、性別、年齢、色恋などなど…………挙げ出したらキリがない壁ですが、そんな壁を越えた先にはなにがあるのか?

 大抵はまた壁です。

 自由だとか成長だとか…………色々と耳障りの良い言葉があるでしょうが、それが成せた成せなかったにせよ必ず壁があります。

 例えば、宝くじを当てて仕事を辞め、膨大な富と自由を得たとしても社会的信用である『職に就いていない』となると厳しいのが今の世の中です。

「いやいや、税金も年金も健康保険もちゃんと払っているよ?」

 という人もいるでしょうが、お金さえあれば良いというわけではありません。

 就職していなければ賃貸住宅は借りられませんし、クレジットカードの審査も通りませんし、銀行で新しく融資を受けたり口座を開設するといったこともできません。

 ましてや、病院に行ったり、新しく何かをしようとすると必ず就職を聞かれる時代…………そこに『無職』と書くのはお金があっても気恥ずかしさがあるでしょう。

 まだ、アルバイトや自営業のほうが社会的には地位があるのです。

 なんせ労働は『義務』になっているのですから……。

 仮に起業したり就職したとしましょう……そうなると今度は仕事の面でまた新たな壁が生まれる。

 つまり『壁』というものはどんどん出てくるものなのです。

 ただし、この『壁』……もし無くなったとしたらどうなるでしょうか?

 それは『虚無』です。

「は? なに言ってるんだ? 頭でもおかしくなったか?」

 という人もいるかもしれませんが『壁』というものは『障害』であり『目標』でもあるのです。

 これを解決したら、また問題が出てきた……けれども、今度はその問題に向かって取り組むことができる。それは活力でもあり、生きがいでしょう。

 強大な敵が出てきたら敵味方問わずに一時休戦して共闘する、というのと同じで『必要悪』ともいえるでしょう。

 では、それが無くなるとしたら…………?

 それが無くなったら、人々はまた争いだすでしょう。目標が無くなり、生きがいを失って抜け殻のようになるかもしれません。

 このように『壁』というのはあったも困るし、無くなっても困るという非常にめんどくさい存在です。

 しかも高すぎると越えられず自棄になってしまい、低すぎると張り合いがないばかりか自信過剰になってしまう代物でもあります。

 目に見えるものや物質的な豊かさよりも、この『壁』をうまく扱っていくことこそが人生において必要なのかもしれません。

 

こちらもオススメ!

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA