今回は前回の松島・仙台周辺旅の続き、宮城県リベンジをしてきたので、その模様をご紹介します。

はたして、今度の旅の行方はいかに……?
岩手から宮城へふたたび
3/25(火)午前6時00分……前回、肺気胸で途中断念した宮城の旅へ再出発を果たすため、自宅を出立しました。

回復したとはいえ、無理は禁物なため今回は車ではなく公共交通機関を利用して向かいます。

幸い、この日は気温も高い予報で朝早くてもあまり寒くなく、動きやすい服装で最寄りの矢幅駅へ………。

6時33分の盛岡行き普通列車に乗り込みます。
始発から2番目の列車でしたが、思ったより人が多い………ガソリン値上げによる影響でしょうか?
矢幅駅から盛岡駅までは約15分くらいで到着します。

6時50分頃、盛岡駅に到着。
新幹線の改札はすぐ隣にありますが、まずは予約をした切符を受け取りに行きます。

今回乗車するのは7時11分発の東京行き『はやぶさ4号』の指定席です。
片道6990円………これで40分で仙台に行けるのですから安いものですよね。
車の免許を取って以来、県外に行くにしても車一辺倒だったため新幹線に乗るのはかなり久しぶりでワクワクします。
乗車してみると意外と人が多い………指定席は全て満席となっていました。
とはいえ、久しぶりの新幹線は乗り心地はとても良かったです。
トイレなども綺麗で快適………これはハマりそうです。
そうして、7時51分………ついに仙台駅へと到着。

色々と気になるものがあり、じっくりと見たいですが今日は行きそびれた場所(全部遠い)を巡りきるのが最優先事項のため、足早に常磐線岩沼行きの列車に乗り込みます。
最初の目的地は本年の干支である巳年にゆかりある神社……分かる人は分かる神社です。
列車に揺られ、朝日の光に塗れる仙台の街を眺めながら約40分………最初の目的地の最寄り駅である岩沼駅に到着。

ここから目的の神社までは途中、市民バスを利用すればとても楽ですが列車を下りてからバスの乗車までは約2分と非常にシビア………果たして、あのバスに乗ることはできるでしょうか?
最初の訪問地は巳年で賑わうあの神社へ…
なんとかバスへ乗ることに成功し、最初の目的地である『金蛇水神社』へと向かいます。
この岩沼市民バスは岩沼市をぐるりと一周するバスで一回の乗車で200円と破格の安さ。
ただし、便数が限られているので上手く乗れればラッキーという具合です。
運転手さんに聞いたところ『金蛇水神社』へ行く場合、近いところで岩沼西中学校前とのことでそこで降りることになりました。
時間帯が中途半端なためか、乗客は私一人。バスを独り占めできるのはなんだか贅沢な気分ですね。

中学校前で降車し、その際に運転手さんから神社への道のりも教えて頂きました。ありがとうございます。
バスを降りてから約15分ほど歩き、8時50分頃………ついに目的の『金蛇水神社』へ到着です。

白い綺麗な鳥居が目立ちますね~! さっそく、入っていきましょう。

境内は平日の朝にも関わらず、多くの人で賑わっていました。
『金蛇水神社』の由緒としては………
一条天皇の御代、平安時代も半ばの永祚元年、京都の三条に住む刀匠小鍛冶宗近が天皇の御佩刀を鍛えよとの勅命を賜わり、名水を求めて諸国を遍歴していた。たまたまこの三色吉の地を訪れたところ、水神宮のほとりを流れる水の清らかさに心をうたれ、早速、水神宮に参篭祈願して神恩を請い、遂に宝刀を鍛えることができた。そこで宗近は神のご加護に感謝し、雌雄一対の金蛇を斎鍛して水神宮に奉納し、都に上がったという。以来、この金蛇を御神体と崇め、社名も金蛇水神社と称され、今日に至っている。
引用元:金蛇水神社 参拝のしおりより
とのこと。
てっきり、金の蛇か白蛇にまつわるものかと思っていたのですが、鍛造由来の金蛇だったんですね。
祀られている御祭神は水にまつわる水速女命と大己貴命(大国主命)、少彦名命。そして金蛇弁財天です。
以前、豊受大神が好きといいましたが、仏教関連では弁財天も好きな神様なんですよ。
女神系が多いのは、男なのでお許しください(笑)

境内に入ってすぐに現れる社が弁財天を祀っており、奥にある本殿が水速女命と大己貴命(大国主命)、少彦名命を祀っている社になります。
まずは弁財天様に挨拶をし、続いては手水舎へ………。

手水舎は多種多様な花に彩られ、とても美しい様相です。
ここでは手は洗えませんが、すぐ裏手に別に禊場が設けられていました。

社殿に到着。この地に来られたことに感謝しお参りします。
とてもさっぱりしており、綺麗な神社ですね。


社殿左側には私がずっと見たかった『蛇紋岩』が多く鎮座しています。
この模様は人の手は一切加わっておらず、自然に浮き出てきたものだそうで、この中から、直感で1つを手に取り、手や財布でその模様を撫でると金運がアップするといわれています。
私は吸い寄せられるように左の画像にある白蛇の岩を撫でていました。
もう蛇の化石なんじゃないかと思うくらい、リアルに浮き出ていますね。
これは蛇神様が宿っていてもおかしくはないです。




一通りのお参りを済ませ、授与所にて御守を購入。
私が購入したものはカード守と金蛇守………どちらも巳年限定で12年有効なものとのこと。
たぶん手に入らないだろう、と半ばあきらめていただけにとても嬉しかったですね。
ありがたいです。


そして、もちろん御朱印も購入。
普段はあまり御朱印に執着はしないのですが、せっかく来たのですから………。
金蛇が描かれた御朱印と弁財天様と白蛇の描かれた2種類を手に入れました。
授与所でも気になったのですが、巳御縁日という字が目に付いたため、帰宅後調べてみると訪れた3/25は巳の日と、なんとも蛇にまつわる不思議な御縁があったことが判明。
天気と気温が良かった日を選んだのですが、巳年巳の日に参拝したという事実に大層驚きました。
これも神様の御縁なのでしょうか?

良い雰囲気のためしばらき境内を散策していると、なにやら『銭洗い』という看板が目に入りました。
そういえば、江島なんかでもお金を洗う銭洗いというものがありましたね。
これも何かの縁なので、やってみましょう。
銭洗いは200円を納めることにより、手水舎奥にある禊場で洗うことができます。
この水も清らか………小鍛冶宗近が惚れるのも分かる気がします。

御朱印を受け取ることができる授与所そばに洗うお金を入れるザルと袋があるので、それを借ります。柄杓は禊場に置いてあります。

私が今回洗うのは5661円………本当は千円札、一万円札、五円玉も洗いたかったのですが、それらを洗ってしまうと岩手に帰ることができなくなってしまうので、可能な範囲で行います。

洗い方はザルごと水につけても、柄杓で少しずつかけてもOKとのことで、少しずつ洗い清めました。
洗った後は清め銭の袋に入れて持ち帰り、乾かした後は普通に使っても良いとのことです。
銭洗いは初めてやったのですが、お札を洗う時は些か勇気が必要ですね。
まだ金銭欲の煩悩が祓われていない証拠でしょうか? 精進しなければなりません。
非常に良い体験ができました。
ありがとうございました!

神社を出たのが9時30分頃だったため、最寄りのバス停に行くと次のバスは9時56分とのこと………ううむ、25分ほど待っても良いのですが、今日は天気も良いし、今から徒歩で駅まで行った方が早そう…。
ということで、神社から岩沼の街並みを眺めながら駅まで歩きました。
時間としては約30分ほど……ちょうど良い運動でしょう。

10時にようやく岩沼駅に到着。
思った通り、バスはまだ来ていないようです。
ここから再び列車に乗り、福島方面へと南下します。
次なる目的地は………伊達政宗に仕えた重臣、片倉小十郎の居城のある白石市の白石駅です。
伊達政宗に仕えし重臣の居城に……
岩沼駅から列車に揺られること約35分ほど……白石市の白石駅へ到着。

下りてみるとなんだかのどかな街です。
どことなく岩手の水沢に近いような雰囲気を感じます。
白石の街を眺めながら突き進み、歩いて10分ほどで次なる目的地『白石城』へ到着です。

まずは『歴史探訪ミュージアム』で情報収集と天守閣へ入るための入館券を購入。
館内は撮影しませんでしたが、片倉小十郎にまつわる品々が展示され、良い学びになりました。

こちらが私が今回購入した共通入館券800円です。
これで、歴史探訪ミュージアム、天守閣、武家屋敷の三カ所を見ることができます。
宮城に来るたびに思うのですが、どこも破格の安さで見学できるのは嬉しいですね。

そして、こちらでは御城印も購入することができます。
通常から見開き、御城印帳もありましたが、私は通常の御城印を300円で購入。
なかなかにカッコいいですね。

そうして、ひとしきり過ごした後はいよいよ『白石城の天守閣』へ登城です。
天守閣内部の撮影控えましたが、上へ行く階段が急で段差の幅がとにかく狭い!
これは足腰が丈夫な内に行った方が絶対良いです。
もし滑らせて落ちたりでもしたら、大けがどころじゃないですよ。
伊達政宗の側近である片倉小十郎景綱が亘理から移るまでは、刈田氏や蒲生氏など城主がコロコロと変わったこの城………1615年の慶長20年に、江戸幕府が一国一城令という「一つの国に城は一つ」という条例が発令しましたが、仙台藩では仙台城に加えて白石城の存続も認められ、明治時代まで片倉氏の城として残りました。
1874年の明治7年に民間へ売却され取り壊されましたが、復元に対する声や寄付があり、1995年の平成7年3月に三階櫓、大手の一ノ門と二ノ門、土塀の復元工事が完了しました。


そんな天守閣からの眺めは実に壮観そのもの!
まさに城からの眺め、というにふさわしい景色が広がっています。
もし、桜が咲く時期なら素晴らしい眺めでしょうね。

さて、次は『武家屋敷』と行きたいところでしたが、途中なにやら神社があったので寄ってみることに………。
ここは『神明社』………天照皇大神を御祭神とし、天御中主神、高皇産巣日神、神産巣日神といった別天津神を祀っている神社。他にも伊達政宗片倉小十郎も祀られています。
由緒としては………
大同二年(八〇七、平安時代)坂上田村麿の創祀と伝えられ、又、藤原秀衡、蒲生氏郷、上杉景勝に庇護された。1600年(慶長5年)、白石城の戦いによって伊達政宗が城を奪取後は1602年、その先鋒として活躍した片倉景綱が城主となり以来片倉家の崇敬社、同城の鎮守社と仰ぎ明治に及んだ。
当時は現在の白石市長町に鎮座していたが、明治三十二年五月白石町大火の際、社殿末社はじめ附属の建造物が悉く焼失し、翌年五月現在の地に造営した。
引用元:神明社由緒より
となります。
昔から白石の地を治めていた領主崇敬の神社というわけですね。
これも何かの縁ということでお参りさせていただき、御朱印(500円)も頂きました。

さて、それでは武家屋敷へと再度出発しましょう。
武家屋敷は白石城から少し離れたところにあります。
徒歩だと約15分くらいですね。

しばらく歩き『武家屋敷』へ到着。
屋敷周りの水路は昔から整備されている歴史ある水路です。
こちらも屋敷内の撮影は遠慮しましたが、囲炉裏や武具………水路に繋がる庭など昔ながらの屋敷や生活を垣間見ることができました。
老後はこういう場所に住んでみたいものです。
これで白石城周辺の探訪は終了。
時刻は12時を過ぎたところなので、お昼と行きたいところですが……この旅、最後の目的地に行くためにはゆっくり食事をするには時間がとてもシビアです。
というわけで、急ぎ白石駅まで戻ります。
駅に着くと、あと5分ほどで仙台行きの列車が出発するとのことで、滑りこむように乗車。

12時50分頃………最後の目的地である仙台へ向けて白石を出立します。
今回はリベンジ旅で行けなかった場所を巡るのが目的………どこもかなり距離があるため日帰りで行くには、正直厳しいところ。
でも、予想以上に時間はスムーズです。
そうして、最後の場所は………仙台といえば忘れてはならないあの名所、重臣の居城を巡ったその後は、その主の城へ行かねば無作法というものです。
仙台といえば、忘れてはいけないあの場所へ
列車に乗り1時間半ほど……再び始まりの地である仙台へ到着。
最後の目的地はもちろん、伊達政宗の居城『仙台城』へ。
仙台の街並みを眺めながらぶらりと向かいます。

杜の都仙台………以前は櫻岡大神宮と夜間急患を求めて訪れたのであまりじっくりと見ることができませんでしたが、やはり良い街並みです。
岩手に無い店や大型のショッピングモールの数々………東北随一の都会。
やはり岩手県人は仙台に憧れがありますね。
とはいえ、朝から結構な距離と時間をかけて幾たびも歩いてきたせいか、足に痛みが生じ始めました。
dヘルスケアの万歩計はこの時点は30000歩を超えています。
週間ミッションの目標歩数が20000歩なので、今日一日で一週間分歩いたことになりますね。

足の痛みに耐え、歩くこと40分………ようやく仙台城の入り口である『仙台市立博物館前』に到着。
こちらはその近くにある『五色沼』………日本フィギュアスケート発祥の地です。
なるほど………羽生結弦選手が仙台出身なのも頷けます。
宮城というのは本当に不思議な縁に溢れた地ですね。

博物館から坂を上がり、仙台城の本丸跡へ向かいます。
ここで息も切れ始め、体の限界を覚え始めました。
リハビリも兼ねてですが、無茶はいけないですね。
仙台城の石垣が綺麗に切り揃えられていますね。
盛岡城の石垣は結構大きめな石を使い、ゴツゴツしたイメージがありますが、こちらはスマートです。

石垣を眺めながらゆっくり上がると目の前に大きな鳥居が現れました。
これは護国神社の鳥居です。
この鳥居をくぐり、少し上がればようやく到着ですが……さすがに体力が厳しい。

仙台駅から歩いて1時間ほど……ようやく仙台城本丸跡に到着です!
長かった………とても長かった………。
なんか山登りしたような気分です。
疲れすぎて流石に吐きそうになりました。体力の低下を身をもって実感しましたね。
いつもなら、すぐに見て回りたいですが……少し休ませてください。
ということで、売店に直行です。

水分補給と疲労回復もかねて『ずんだシェイク』を330円で購入。
濃厚な甘味とずんだのつぶつぶ感が非常に美味しいですね。
今は需要に対応するためか、昔のようにカップに入れてから提供ではなく、既に冷やされ準備されたものがあるんですね。
頼んで5秒で出てきました(笑)
20代の頃、平泉で生まれて初めてずんだ餅を食べたことがあったのですが、そこのお店のずんだ餅がとても口に合わず、しばらくずんだどころか枝豆すら嫌いになったことがありました。
その後、友人と仙台へ旅行に来た際にこのずんだシェイクを勧められ、嫌々ながら飲んだところ………あまりの美味しさに今まで食べられなかった枝豆も食べられるようになったことは今でも鮮明に覚えています。
やはりファーストタッチは大事。そして、何かによって傷つけられたものはより良い何かによって癒されることをその時に悟りましたね。
まるで恋愛と同じ。


売店では御城印帳(2800円)と御城印(500円)を購入。
うーむ、クールでとってもカッコいいですね!
御城印の字もとても良いです。

少し休めたのでようやく動けそうです。
やはり仙台に来たからにはこの『伊達政宗騎馬像』を見ておかないといけません。
武将の騎馬像というのはやはり立派ですね!

この高台から見る仙台の街……これが見たかった!
よくもまぁ、我ながらあそこからここまで歩いたものです。
仙台城は慶長年間に伊達政宗が築城してから、廃藩置県・廃城令までの約270年に渡り伊達氏代々の居城であり、仙台藩の政庁であった城郭。
二代藩主伊達忠宗の代に完成し、雅称『青葉城』とも呼ばれ、城内には『宮城県護国神社』もあり、仙台の鎮守としてふさわしい場所であります。
自然を利用した『山城』で、かのスペインの探検家であるビスカイノからは「日本の最も勝れ、又最も堅固なるものの一つ」と言わしめるほど評された堅城だとか……確かに上がるだけで息が切れるのですから、攻めるのは容易ではなかったでしょうね。

それでは、境内にある『宮城県護国神社』に行ってみましょうか。

護国神社は明治維新から大東亜戦争に至るまでの戦いで戦没したその土地出身者の御霊を英霊として祀る神社で全国各地の都道府県に鎮座しています。
すなわち亡くなられた方全てが御祭神というわけです。
宮城出身ではないですが、今日の平和があるのは先人方のお陰………感謝とともに深くお祈りします。

こちらは境内にある別宮『浦安宮』………向かって右にある左宮は天照皇大御神、豊受媛大神、級長津彦命、級長戸辺神。
向かって左にある右宮は伊達政宗公、白水稲荷大神をそれそれ祀っています。
御祭神の名前から分かる通り、伊勢神宮の外宮………風宮から勧請して祀られたようですね。
推し神様がいるので、こちらもしっかりとお参りさせていただきました。

無論、御朱印も頂戴しました。
『浦安宮』のほうはカッコいいのですが……これでは仙台城の御城印と間違えてしまいそうです。
その後は『青葉城資料館展示館』へ………こちらは入館770円。
JAFの割引がありましたが、出し忘れてしまいました………不覚。
中には仙台城の歴史や政宗ゆかりの品々が収蔵されていました。来た際には見ておくことをオススメします。

仙台城を後にし、時間が少し余ったので近くの『仙台市立博物館』(入館料460円)へ………閉館近くでしたが、新収蔵品展も開催されていたこともあり伊達政宗ゆかりの品々を拝見することができました。
甲冑なども見事でしたが、それよりも手紙の多いこと多いこと………筆まめとして知られる伊達政宗公でしたが、あまりの量の多さに驚きました。
家臣への密な気遣い………それが奥州の覇者たるカリスマ性の一部なのでしょう。

時刻は17時………流石に疲労の色が強く出ているので、帰りは地下鉄の国際センター駅を利用して仙台駅へ戻ります。
地下鉄を使って約5分で仙台駅へ………徒歩では50分かかった時間が1/10に………文明の力とは偉大です。

帰りは『やまびこ』の自由席で岩手へ戻ります。
自由席と指定席の金額差は約600円ほど……ううむ、これは安いとるべきか高いととるべきか。
時は金なり、金は時なり………どちらを重視するかによりますね。
新幹線に乗る前にはお土産を購入………名物の『笹かまぼこ』ばかり購入していました。
牛タンより安く、菓子より日持ちする……好きなんですよ、これ。

宮城の地ともいよいよこれでお別れです。
色々な縁と歴史に巡り、実に有意義な旅でした!
ありがとう、宮城!
おわりに
前回のリベンジを果たし、充実した旅を送ることができました。
列車やバスといった公共交通機関で巡る旅もとても楽しいものですね。
普段、車を使っている方々も遠方へ旅行に行かれる際はぜひとも列車等を利用してみてはいかがでしょうか?
もしかすると、新しい発見や驚きなんかがあるかもしれません。
春の宮城は桜が咲くこれからが一番華やかになります。
皆さんもその足で宮城の地を巡ってみてはいかがでしょうか?