争い………というと聞こえは悪いですが、人というのは他者と比べたり、競ったりするのが常な生き物です。
とはいえ、生存本能という点でいえば勝負事というのはどんな生き物にも見られるので、生きていくことには必要なことなのかもしれません。
武運や武芸に御利益がある神社は数あれど、ここぞという場面には力を貸して欲しい………今回はそんな勝負運に関する神社をご紹介します。
強力な勝負運が身につく神社
概要
花巻市東和町の商店街からほんの少し外れた場所に勝負運に関する神社『鏑八幡神社』があります。
この神社は源家の親子が敵と戦う際に祈願した場所で、その敵に勝つことができたためにお礼として建立されたものです。
では、なぜ『鏑』というのか………。
その理由は由緒に記されています。
由緒
神社の由緒については『鏑八幡神社』のHPより引用させていただきます。
永承天喜康平1053〜1063の昔、陸奥守兼鎮守府将軍源頼義公・源義家公御父子が、安倍頼時(初め頼良)子・貞任/宗任等御退治の勅命を受けて、奥州へ下り、しばしば戦功をたてられた。
その義家公、当地に御在陣の折、朝敵退治御祈願のため、本宮地に清砂を敷き、上差しの白羽の鏑矢を砂上に立て、八幡神の御霊とした。
従臣もこれに従って各々鏑矢を捧げ奉った。その鏑矢の数は十二本。
それに御太刀一腰、御願書一巻を奉納し、従臣共々祈願された。安倍氏平定後この地に社殿を建立された。これが鏑八幡神社である。
この鏑矢の由来をもって、村名を十二ヶ鏑矢村と称してきた。
ところが寛文七年(1667年8月)巡検使佐々又兵衛・中根宇右衛門・松平新九郎の一行が土沢に宿泊。その節、当村名の由来を尋ねられた為、古老が矢の由来を述べ「十二ヶ鏑矢村」と呼び来った旨を奉答した。
これを聞かれた御役人衆「言長くして不可也。十二ヶ村と改むべし」と申された。
その為に以後「十二ヶ村」と呼ぶ事になったと伝えられている。
八幡宮も建立以来幾星霜を経て大破した為、正徳元年(1711)安俵通・高木通十二ヶ村の奉加によって社殿を改築してきた。
町内の神輿渡御も、この年から行われている。
明治三年四月記載の「十二ヶ村戸籍」に初めて「鏑八幡神社」の名称を見ることができる。
引用元:鏑八幡神社HPより
ところどころ難解な部分があるため、噛み砕いて述べると鎮守府将軍である源頼義・義家父子が安倍頼時・貞任・宗任等退治の勅命を受けて、この地へ布陣し、戦勝祈願の為、青砂を敷いて白羽の鏑矢を立て八幡菩薩の御霊とし、従臣もこれに従い各々鏑矢を立て祈願しました。
その数は十二本、それに太刀一振・祈願書一巻を奉納したといわれています。
その後、みごと安倍氏を平定する事が出来たので此の地に社殿を建立しました。
この鏑矢の由来から、この地の村名を『十二ヶ鏑矢村』と称して来ましたが、江戸時代の寛文7年にこの村名の由来を聞いた巡見使が「長すぎる」と言い、『十二ヶ村』と改めたため、以後は『十二ヶ村』と呼ぶことになったとのことです。
また、現在の『鏑八幡神社』は正徳元年に再建されたものとのこと。
鏑は鏑矢を立てたことから名がつけられたのですね。
御祭神・御利益
祀られている神様については以下の表に簡単にまとめてみました。
御祭神 | 御利益 |
田心姫神〔たごりひめのかみ〕 | 海や航海にまつわる神 対象:海、航海、漁業 |
息長帯姫神〔おきながたらしひめのかみ〕 | 安産や子育てにまつわる神 対象:子授け、安産子育て、家内安全、勝運、厄除け、開運招福 |
誉田別神〔ほんだわけのかみ〕 | 八幡の神 対象:必勝祈願、勝利成功、安全祈願、安産祈願、商売繁盛、技芸、武芸 |
軻遇突智神〔かぐつちのかみ〕 | 火の神 対象:防火、防災、家内安全 |
湍津姫神〔たぎつひめのかみ〕 | 海や航海にまつわる神 対象:航海安全、水害防止、農業繁栄 |
大己貴神〔おおなむちのかみ〕 | 国造りの神 対象:縁結び、病気平癒 |
保食神〔うけもちのかみ〕 | 食物の神 対象:穀物、作物類の豊穣 |
市杵島姫神〔いちきしまひめのかみ〕 | 海や航海にまつわる神 対象:海、航海、漁業、芸術、音楽 |
かなり多くの神様が祀られており、記されているだけでもその数は八柱です。
一見するとなんだかよく分からずに混乱してしまいそうですが、実はそれぞれ関連している神様もいるので解説していきましょう。
田心姫神、湍津姫神、市杵島姫神………この三女神は誰もが一度は聞いたことがある『宗像三神』です。
通常は海のある場所に多く祀られているこの神様がなぜ山にあるこの神社に祀られているのかは不明ですが、境内に塩竈神社があるので『塩』に関することだったり、近くに猿ヶ石川が流れているので水運に関することなのかもしれません。
さらに付け加えるとしたら市杵島姫神は芸事にも御利益のある神様なので、武芸にも通ずるところがあるのかもしれません。
次に息長帯姫神と誉田別神ですが、この神様方は神功皇后とその息子である応神天皇のことです。
特に誉田別神は別名『八幡神』とも呼ばれ、源氏だけでなく平氏といった武家から深く信仰されていた神様です。
恐らく、メインはこの神様だったのだと思います。
神功皇后は応神天皇を身籠りながら朝鮮半島に渡って新羅を征服したり、数々の困難に立ち向かった女性として知られています。
応神天皇は領地の視察や婚姻による新たな氏族と繋がりなど外交や領土拡大の武勇に富んだ人物です。
よって、やはり武運や勝負事には大きな御利益を発揮するのでしょう。
残りの軻遇突智神、大己貴神、保食神については他の農村地域でもよく祀られている神様です。
主に生活において必要な煮炊きの火、働くうえで大切な健康、生きていくために必要な食に関する御利益とご加護があり、地域で信仰していたことが伺えます。
以上のことから、武芸、勝負に関する御利益がとても強い神社といえます。
アクセス
『鏑八幡神社』は東和町商店街の外れにあります。
『県道45号線(盛岡大迫東和線)』沿いを遠野方面に走行し『東和中学校』方面にある小道を進んだ先にあります。
駐車場としては近隣にある『佐々長醸造』さん隣……あるいは『東和総合支所』前にあるトイレ付駐車場を利用すれば、神社だけでなく周辺観光も楽しむことができますよ。
探勝レポート
それではさっそく探勝といきましょう!
今回は車をトイレ付駐車場に停めてきたため、鳥居前からのスタートです。

参道入り口には立派な石造りの鳥居が見えます。
小道を通る際はこの鳥居が目印となります。

奥には朱塗りのやや古びた鳥居があります。
神額を右から読むタイプは時代を感じさせ、味がありますね。
歴史がある神社も最近は新調されて、左から読めるものばかりなのでこういう表記は貴重です。
ちなみに右手に見える坂は社務所に繋がっており授与品を購入することができます。
やや道は狭いですが、車で社殿があるところまで行くのも可能ということです。

訪れた日は梅雨時期ということもあってか、紫陽花が映えていてとても綺麗でした。
石段はそれほど多くなく、無理せず上がることが出来ます。
こちらの石段の参道には本格的な夏が始まると提灯や風鈴などが吊り下げられ、華やかさが一気に増します。
ぜひとも夏に訪れることをオススメしますよ!


境内の入り口にある狛犬はなんだか愛嬌があって可愛らしいですね。
一本角も生えており、なんだか鬼の狛犬のようです。
それにしてもどこか違和感があるような……あんまり見ない狛犬だからでしょうか?
後ほど、他の神社の写真と見比べると狛犬の阿吽の位置が反対………これには何か意味があるのだろうか?
もしかしたら、隠された何かがあるのかもしれませんが……私には残念ながら分かりません。

拝殿に到着。
誰かと競ったり、勝負することはしていませんが………とりあえず、ここに来ることができたことに感謝し、お参りします。
派手さはなく、社殿としては小規模ですがしっかりとした造りで手入れも行き届いています。
周囲の雰囲気と合っており、静寂さが似合う神社ですね。

左には境内社である尾光稲荷神社が祀られており、隣には神社で筆塚や出羽三山の石碑があります。
筆塚ということは筆を供養しているのでしょうか?
書か絵にも何かしら関わりがありそうです。
尾光稲荷神社の隣は小道となっており、少し林の中に入ることができます。
小さい頃にこのような所があったら秘密基地にしてましたね。

そんな尾光稲荷神社の目の前には立派な屋根つきの土俵があります。
今でも地域の行事とかで相撲をしていたのでしょうか?
現在でも土俵跡はたまに見かけますが、盛土までされている土俵はなかなか無いかもしれません。
この土俵を使った相撲………見られるなら見てみたいですね。

土俵の裏手にはひっそりともう一つ神社が鎮座していました。
こちらは塩竈神社……祠のような社ですが、両側に備え付けられている大釜二つのインパクトが非常に大きく、こじんまり感がないですね。
塩竈神社に釜が祀られている理由としては製塩法と関係があり、このような釜に潮水を入れて煮て作る製塩法を塩土老翁神という神様が伝えたため、一緒に祀られているのだとか。
とはいえ、なぜこのような山で祀られているのか………祭神の名に塩土老翁神の名がないのか……謎が残るばかりです。
それにしても、苔むした境内はとても綺麗ですね。

今度は拝殿から右手に移動します。
社務所があるのはこちら側です。
こちら側には山神様を祀る祠の他、もう一つの御稲荷様である長沢稲荷神社、古峯神社や忠魂碑などがあります。
やはりどこにも山神や稲荷神を祀る社があるのですね。
それだけ身近な存在ということでしょう。
しかし、夏に蝉取りが似合うような境内ですね。
懐かしい少年時代を思い出しました。
おわりに
勝負事に御利益のある神社ということでもっと厳かな雰囲気のある神社かと思っていましたが、良い意味で穏やかな雰囲気に包まれた心地よい神社でした。
静かな林に苔むした境内……紫陽花が咲き、夏には提灯がぶら下がる参道。
まさしく少年の頃の夏……その理想の光景がありました。
何かと競い成果を求められるこの世の中……勝負に勝つ以前に落ち着いた心を宿すことが必要なのかもしれませんね。