岩手が誇る郷土の名士『宮沢賢治』……独特の世界観によって創造された作品や功績を世に残し、その意志や思想は今や多くの人々に影響を与えています。
そんな賢治は岩手県内の様々な場所に赴き、その足跡を残しているわけでありますが、その中でも北上川に深いゆかりの場所があるのをご存じでしょうか?
今回は賢治ファンとしては一度は訪れてみたい場所『イギリス海岸』についてご紹介します。
花巻にあるイギリスの海岸
概要
花巻駅から東へ約2㎞ほど行った先にある北上川……その川岸一帯はかつて賢治が『イギリス海岸』と命名した場所です。
なぜ『イギリス海岸』なのか……それは賢治が憧れたイギリスのドーバー海峡の白亜の海岸を連想させる白っぽい泥岩層が露出することから、そう名付けられました。
賢治自身の作品である『イギリス海岸』の中では「全くもうイギリスあたりの白亜の海岸を歩いてゐるやうな気がするのでした」と記すほど、強い影響を与えたのはいうまでもありません。
さらに、この『イギリス海岸』ではバタグルミと呼ばれる植物の化石や哺乳動物の足跡の化石も見つかっており、化石マニアの人にとっても垂涎ものの地です。
現在は北上川水系のダム整備による河川管理が進み、水位が下がらなくなったため、『イギリス海岸』の代名詞である泥岩層を見ることが難しくなっており、毎年賢治の命日である9月21日にのみ、関係各所の協力の下、5つのダムや猿ケ石発電所にて水量を調整して川の水位を下げ、意図的に出現させています。
つまり、本当の『イギリス海岸』が現れるのは年に一回だけということです。
また、国指定名勝である『イーハトーブ風景地』の一つとして2006年(平成18年)の7月28日には登録される運びとなりました。
アクセス
『イギリス海岸』は花巻市の上小舟渡の北上川川岸にあります。
車では『県道298号線』を走り、『インディ500 花巻店』がある交差点を東へ曲がり、そのまま進んで行くと専用駐車場に着きます。
最寄り駅としては『花巻駅』で徒歩で約30分ほど、車では約10分ほどで行くことができます。バスも出ているので、公共交通機関を利用するのもオススメです。
駐車場は『花巻水辺プラザ』『身障者用駐車場』『詩の森公園駐車場』の三カ所があり、身障者用駐車場以外は広いうえに車も停めやすくなっています。
もちろん、全部無料で利用できます。
探勝レポート
それではさっそく探勝といきましょう!
今回は『詩の森公園駐車場』に車を停めてスタートです。

こちらが『詩の森公園』の駐車場……正面に見えるお洒落な建物は公衆トイレです。
平日は近隣から営業廻りのサラリーマン方が休憩に訪れるスポットでもあります。

駐車場内はご覧のとおり、とても広く作られています。
周囲にある木々は桜……春にはお花見、秋には紅葉を楽しむことができる隠れたスポットでもあります。
ここから道路沿いに歩いて3分ほど南下すると『イギリス海岸』へ到着です。

ここからが『イギリス海岸』遊歩道への入り口……先にある広場が『身障者用駐車場』です。
台数は3~4台ほど……少数しか使えず、また転回なども難しいので元気な方はやはり『詩の森公園駐車場』か『水辺プラザ』の駐車場に停めることをオススメします。

遊歩道入り口からは川辺に下りることができますが、流れが早いうえに水深もそこそこ深いので小さな子たちの水遊びは不向きです。
水遊び禁止の看板はありませんでしたが、渇水時以外は下りないほうが身のためです。
ちなみにこの場所、秋になると……

このような来客が足元のすぐ近くまで来てくれます。
この生き物がなんなのか……どこにいるか分かるでしょうか?
では、もう少し分かりやすく……

これなら分かりやすいでしょうか?
答えはそう……鮭です!
実はこの場所、密かに鮭の稚魚を放流している…………というわけではなく、盛岡市にある中津川へ帰る鮭の休憩場所となっているんですね。
鮭が上る街として盛岡は有名ですが、そんな鮭だって海から中津川までノンストップで遡上してくるというわけではなく……流域のこうした支流で一休みしながら帰ってくるわけです。
そのため、鮭の姿が見られるのは『イギリス海岸』に限らず、北上市、花巻市、紫波町等……北上川へ流れ込むそこそこ大きく深い支流のある場所では意外と多くみられる風物詩でもあります。

普段は水量の多いこの瀬川という場所ですが、渇水時期になるとこのように向こう岸に渡ることができる石橋が姿を現します。
ちょっとこの先へ渡ってみましょう。

特に向こうに渡ったからといって何かがある、というわけではないのですが……普段はいけない場所から見る景色というのはなかなかレアですからね。
こういう自然の出会いもまた一期一会。

それでは正規ルートに戻りましょう。
遊歩道は若干狭いですが、手すりもあり道も整備されているので歩きやすいです。

対岸の向こうには綺麗な地層が見えます。
もしかしたら、化石が…と思いますが、残念ながら化石類はここにはありません。
化石類があるのはこの先の川の中となります。

水が多い平時の場合は北上川を眺めながらのんびり散歩できる遊歩道となります。

遊歩道そばには休憩所である『くるみの森』があります。
開いているのは金土日ですが、賢治関連の資料もあり一休みで立ち寄るのにはちょうどいい場所です。

ベンチに座って北上川の畔を眺める……最高なひと時です。
遊歩道の先は最後の駐車場『水辺プラザ駐車場』へ繋がっています。

『水辺プラザ駐車場』もかなり広い造りになっているので安心して車を停めることができます。





駐車場周辺には賢治に関連するものがたくさんあり、『イギリス海岸』についての説明のほか写真や資料などもあります。
川の畔に立ち、風になびくイギリス国旗は趣がありますね。
さて、ここまでで一通りイギリス海岸の探勝は終了となります。
……ですが、ここまで見てきた皆さんはどうせなら本当の『イギリス海岸』見たいですよね?
天然のイギリス海岸
恐らく鮭の写真で察している方もいるとは思いますが、私自身ここは幾度も訪れてどうにか生の『イギリス海岸』を見ることができないものかと苦心していました。
年に一回に減水するとはいえ、賢治の命日にあたる9月は天気が崩れやすく雨が降りやすいどころか台風も来る場合があり、連日の雨で減水できず中止ということも多々あります。
ましてや、その日だけ休みを取るのも……難しい。
そんなことを思っていましたが、その機会は突然訪れました。
なんと、猛暑による水不足で北上川に渇水が起きたというではありませんか⁉
こんなチャンスはない……そう思い、2024年6月某日に私は現場に急行しました。

よく考えれば毎年に意図的に減水して出現させているわけですから、水が減れば出てくるのは至極当然。
けれども、それは実をいうと超がつくほど高難度……なぜなら、北上川は岩手から宮城を縦断する巨大な河川。
しかも、その水は北上川五大ダムが協力して管轄しており、常に一定の水量に保つように管理されているわけです。
すなわち、天の采配で雨が降らず、猛暑であり、五大ダムでも調節できないほどの水不足にならない限り自然発生はあり得ないのです。
ですが、北上川が渇水するということはすなわち岩手に住む私達の生活に使う水すらも危うい状況ということ……まさに命がけの状況ということになります。
そんな状態の最中、私が見た光景は……

おぉ! いつもなら見えない筈の川底が見えている!
しかも川の中間ということはそこそこ深い場所……これは確かに滅多にない機会です。

まだ若干、水はありますがうっすらと底が……あの一帯が『イギリス海岸』で間違いないでしょう。

遠目ですが、確かに川底は他の地域と違って白くなっているように見えます。
賢治が存命だった頃はまだ水量管理がされていなかったので、もう少し露出していたのでしょう。

水量調節もせず、ここまで川底が見られたのは生まれて初めてでした。
いや~、貴重な体験をすることができました。
おわりに
自然や化石の宝庫『イギリス海岸』……のどかな川辺に突如出現するその姿は隠し財産と表現しても良いでしょう。
北上川の水によって守られる賢治が愛した異国の海岸はこれからも誰にも荒らされることなく綺麗に保たれていくでしょう。
過去と現在……それぞれを生きる私達はそれぞれの役割を持って貴重な自然遺産を維持していく責務があるようですね。