備忘録

〖備忘録 第15譚〗受け入れるということ

 おばんです、シードルです。

 返り咲き当選したことが話題となっている兵庫県知事選……パワハラ疑惑によって降りた前知事がまた元の椅子に座ったことで各所では賛否両論となっていますね。

 パワハラがどうとか、メディアによる操作とか、良いか悪いかはこの際置きまして……ただ一ついえることは県民がそれぞれの判断で決めたこと……外野がとやかく騒いだところで現実は変わらないでしょう。

 これで「おかしい!」という主張がまかり通り、もう一度知事選をやってしまったらそれこそ大問題です。

 仮に行ったとしてまた同じ結果となってしまっては今度こそ何も言えなくなりますし、それでも不服と斉藤知事が落選するまでやり続けたら、公平さも何もなくなります。

 結果が全て……口ではなんと言っても受け入れなければなりません。

 駄々をこねるのは子供の特権……大人は黙って見守るのです。

 自身に正直に生きる……自分をとにかく優先する……近年、自己啓発系のセミナーや本にはこのことが推奨されています。

 確かに、他人に合わせるような生き方よりは自分を大切にすることは大事ですし……人命救助においてもまずは自身の安全確保から、というのが鉄則なのでそれは正しいです。

 しかし、何事も分別や状況に合わせるというのも必要ではないのでしょうか?

 本当に必要な方を差し置いて、自分の不安や利益を優先して買い占めたり、奪ったり……令和の米騒動や闇バイトの強盗もそうですが、他人を気にせず自分中心の社会になってきている気がします。

 もちろん、自己啓発系でそういったことを推奨した方々はそんなつもりはなかったのでしょう。

 けれど、世の中……都合の良いように解釈をして、他者の言ったことを盾にする人間は思っている以上にいるのです。

 それは賢いから、というわけではなく現実を受け入れられない弱さが生み出した逃げ道といえましょう。

 私自身も未だに受け入れられないことがあると動揺したり、取り乱したりすることはある未熟な人間ですが、なるべく起こったことを受け止めるように努力しています。

 どんな現実も受け入れることができるような人間はなかなかいないと思いますが、少しずつ心持ちを変えていくことで段々と受け入れられるようになってくるはずです。

 その例として様々な経験をしている人はちょっとやそっとのことじゃ動じたりしません。

 この経験というのは人生経験ではありますが、ただ生きた年数というわけではなく、色々なことを見聞きし、体験した経験です。

 よく「人生経験が豊富!」と豪語する人がいますが、ただ60年自分勝手に生きた人と様々な体験を通して、時には我慢したり、他人に合わせたり、主張をして20年ほど生きた人とは人生の深みにおいて後者のほうが圧倒的に人生経験が豊富です。

 皆さんはどちらのほうが魅力的な人間に見えるでしょうか?

 私は後者のほうが、例え自分より年齢が低くても尊敬して見えます。

 受け入れることで深みが増す……どんなことも少しずつ受け入れながら、色々と深い人間になりたいものです。

 

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